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日々是反省

軸の取り方

学生と接していると、まだまだ子どもだなぁ~と
感じることがあります。このような感覚を含め、
何かしら違和感を感じることがあります。

この違和感の正体が何なのか、
日々考えているのですが、
最近その答えの一つが、
標題にもあるように「軸の取り方」
にあるのではないかと、思います。

“軸”というのは、言いかえると“スタンス”
とでも言うのでしょうか。自分が誰のために
存在しているのかということです。
つまり、生きる役割。

今日は、この“軸”について話をしたいと思います。
まず、下の図。「マズローの欲求階層説」とか、
欲求段階説とかいわれますが、要するに、
人間の持っている欲求を表したものです。



1.自己実現の欲求
  自分の能力・可能性を発揮し、創作的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求
2.承認の欲求
  自分が集団から価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める欲求
3.所属と愛の欲求
  集団に属したい、誰かに愛されたいといった欲求
4.安全の欲求
  衣類・住居など、安定・安全な状態を得ようとする欲求 
5.生理的欲求
  生命維持のための食欲・性欲・睡眠欲等の本能的・根源的な欲求
5が満たされると4へ、4が満たされると3へと、
大きい数字から順に欲求を満たしていき、最終的に人は
自己実現の欲求にたどり着くというもの。
しかし、私はさらに自己実現の上に、
『奉仕の欲求』があるのではないかと
常々思っています。
つまり、自分自身への内向きのベクトルが、
次第に他人の成長を支援したいだとか、
誰かの役に立ちたいと、そんな風に、
『奉仕の欲求』があるのではないでしょうか。

そして、これこそが、“軸”なのです。
自己実現段階にいるのか、
それとも奉仕段階にいるのかということです。

自分自身が認められること、自分の思いを
実現することに固執している間は、
誰と接していても、自分の評価などを
気にしていて、相手のことを考えず、
発言や行動をします。
私は、このような行為に対して、、
子どもだなぁ~と思いますし、
違和感を感じるのです。

つまり、自分の軸が自分自身にあるのか、
他者にあるのか、この差が
違和感のひとつの原因ではないかと
思います。

「気軽に」ということ

先日、セミナーに参加しました。

セミナーの案内には「みなさん気軽にご参加ください」
と書かれていました。ですから、気軽に参加したのですが、
内容は薄っぺら。。。若干笑いがあるという感じでしたが、
何も得ることができないものでした。

セミナー後の意見交換で参加者の一人から、
「私たちをバカにしているのでしょうか?云々」
というようなコメントがでました。

このコメントには、私も賛同する部分がありました。

セミナーの開催者は、「気軽に参加してください。」
と連絡をしていましたが、本当に気軽だったのは、
誰だったのでしょうか。

おそらく、開催者でしょう。
笑いに関しても、イマイチだった感じがありましたし、
以前セミナーの鉄則でも述べたように、
セミナーには、重要な要素があります。

1)満足
2)目的の達成
3)行動の変容
4)成果

これらがなければ、意味がないのです。
“気軽なセミナー”とは、1)~4)があるけれども、
参加者が気負わずに参加でき、
笑いがあり、楽しめる。
そんなものではないでしょうか。
つまり、参加者に気軽に参加してもらうには、
開催者は普段よりも何倍も準備などをしなければならない
といえると思います。

よく、白鳥は水の上では優雅な姿をしているけれど、
水面下では必至に足を動かしているといいますよね。
参加者(見ている人)に気軽さという印象を与えるためには、
十分な準備が必要だといえます。

これは、セミナーにのみ言えることではないと思います。
何をする際にも、誰かに気軽さを与えるためには、
事前の準備が、十分に必要であるといえると思います。
気軽さは、誰のためのものか、
今一度考えてみる必要があるでしょう。

気持に気づく

『ここ2~3日の自分の気持ち、感じたことなどについて話してください』

このように言われたら、何を話すでしょうか。

「朝、着替えをして、原付で仕事に行き、昼を食堂で食べ、
仕事が終わるのが遅かったので、そのまま友人と食事に行き、
そこであれやこれやと話をして、12時過ぎに帰宅しました。」

こんな風に話すことを考えませんでしたか?
この中に感情は入っていますか?

上の表現は出来事をそのまま表現しただけであって、感情は含まれていません。

これを感情を含めて表現するのであれば、
「朝、すがすがしい気持で起き、着替えをし、
ガソリンが少ないかなと心配になりながらも、
原付で仕事に行き、無事たどり着けたので、
ホッと安心しました。昼は、空腹でイライラしていたので、
イライラ解消のために、大好きなカレーを食べ、
夜は・・・。」
と、感情を含めると表現されるのです。

ここからもわかるように、感情を含めて表現することは、
言葉も長くなり、事実の伝達という点において、
無駄な情報が多くなっています。
つまり、感情を聴くということは非常に
時間のかかることだといえます。

ここで、“事実の伝達”ということに焦点を当てると、
これは、仕事で求められる能力ではないかということが、
わかった方もいるかもしれません。
そう、“事実の伝達”は、仕事の時に必要な能力(スタイル)なのです。
仕事では、イチイチ指示や行動に感情を挟んでいると、
すぐに行動できなかったり、面倒だと思い取りかかりが
遅くなったり、感情は仕事において弊害になります。
そのため、仕事の際には感情を隠し、表面に出さないことが求められます。

そして、そのスタイルが日常のなかにも入り込んでいるのが、
今なのではないでしょうか。
より簡潔に、相手に情報を伝えること、
これこそが、重要視されたため、
それが日常にも入り込み、感情を隠すことを
自然と行っているのです。

相手の気持ちを大切にする。
よく聞かれる話ですが、本当に大切にしていますか?
気持ちをないがしろにしていませんか?

自分の気持ちに気づく。
その方法はまた次回何かの機会に。。。。

卒業、そして未来へ

今日、たまたま聴いていた曲がMonkey Magik の「卒業、そして未来へ」でした。
以前見た、PVが見たくなりました。

素敵なPVです。
出会いと別れ、そして、出会い。
大いなる未知の未来へ旅立つ不安をワクワクに変えて、
去りゆく日々は未来に誇れる日々として、
派手ではないけれど、意味ある大切な日々。

別れは、新たな物語の始まりであるということが、
強くイメージされる作品です。

また、PVの中では共に過ごした友人と、
老いて再開するというシーンがあります。

過ぎ去りし日々という思い出は、
時とともに風化し忘れられるのではなく、
今の自分を形成する重要な要素として、
存在しているということを感じさせられます。

経験とは、偶然という名の芸術ではないかと
感じることもあります。
しかし、その経験が次の経験を誘発し、
さらに自己の成長に関与する。
別れという経験も、
複数の偶然から構成されているように感じますが、
そのことによって、次の出会いが誘発されています。

そう考えると、経験とは見えない大きな力により
もたらされた必然なのではないかと、思います。


最近見た、テレビCM。
「生きている証」
くじけそうなのは、あなたが進んでいる証
しかられたのは、あなたが愛されている証
つらいのは、あなたがまだあきらめていない証

このフレーズは、ここ最近で一番心に残りました。
ぜひ、学生に伝えたい言葉です。

お買いもの

本日は、本屋に行ってまいりました。

購入した本は、以下のタイトルです。

竹田青嗣「知識ゼロからの哲学入門」
山口裕幸「チームワークの心理学」
杉山尚子「行動分析学入門」
藤沢晃治「「分かりやすい教え方」の技術
野口吉昭「コンサルタントの「質問力」」
袰岩奈々「感じない子ども こころを扱えない大人」

今回のテーマは、気になるものです。
哲学・行動分析学・インストラクション・教育これらがキーワードだと思います。
これから、読書に入ります。
感想は、また後日。


本棚を追加しました。
お仕事で使っている本をプライベートと分離して、
新しい本棚にしました。
何かのご参考になればと思います。

授業での質問

今週授業が一つ終わりました。

この授業は毎回、テーマを提示しそれに基づいて、
学生間で意見を出し合うというスタイルを採っていました。

今回はその授業の最終回ということで、
講師側に何か質問はないか、
訊き、それに答えていくというものでした。

質問の中で、私自身よく考えていることがあったので、
紹介したいと思います。

「愛とはエゴですか?」

この授業は1回生対象の授業なので、
最初見た時は、こんな質問をすること、
考えることなんてしない、
今が楽しければイイジャナイ!
という感じだったのですが、
気づけば、こんな質問をするように
まで、成長したのだと、
嬉しく感じました。

私自身、この問に関しては、
現在進行形で考えている最中です。

現時点での答えは、「愛はエゴではない」です。
ただし、「恋はエゴだ」と思います。

なぜなのか、
愛とは相手に何かを求めるものではないからです。
一方恋とは、やはり相手に期待し、求め、求められている状況
なのだと思います。

この問は、家族愛や友人愛など愛の対象を細分化すると、
さらに込み入った議論になるのでしょうが、
それはまた、何かの機会に。。。

未完成なミカンと節分と

昨日、書いた祭りに今日は同僚が行ってきました。
そのお土産は・・・ミカン飴・・・。
やっぱり、ミカンは心の故郷と言うべき食べ物。
つまり、ソウル・フードなのでしょう。



節分ということもあり、豆と一緒に撮影です。
ミカン飴、まだまだ未完成だと個人的には感じます。
なんといっても、見た目がイマイチ。
食べる気になりません。

露店はさまざま生き残りをかけて、アイディアを出し合っているのは
よく分かりますが、これは・・・。

どこまでも、ミカンを押すわが県は、やはり未完成なのでしょう。

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Profile

現在、教育機関で教員の能力開発と学習者のソーシャルスキルの開発を担当しています。 関心分野(事): 人材能力開発、プロジェクト・マネジメント(PMBOK)、チーム・ビルディング、学習心理学、社会心理学、プランニング、問題解決力、戦略思考、論理力、ゲーム理論、マインドマップ、改善発想、工業デザイン、Change Mind、マインド・オルガナイズ 好きなコト・モノ: Sora(空)、写真、筋トレ、旅、原付、笑い、デザイン、花火、文房具、音、ツッコミ、浪費

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